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山行記録

~公開山行や個人山行の記録~

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松戸山の会

山行記録

 北ア・槍ヶ岳・奥穂高岳・西穂高岳縦走〜憧れのジャンダルム〜 


 山名
槍ヶ岳 3,180m、大喰岳 3,101m、中岳 3,084m、南岳 3,032.7m、北穂高岳 3,106m、涸沢 3,103.1m、岳奥穂高岳 3,190m、ジャンダルム 3,163m、間ノ岳2,907m、西穂高岳 2,908.6m、西穂独標 2,701m
 山行日
2006年8月24-27日
 人数
3人
 コース
詳細下記
 費用
交通費
往路:電車540円(新松戸―松戸)夜行バス8,500円(新宿―上高地)、復路:電車5,780円(松本―新松戸)タクシー3,400円/一人(上高地―松本)
その他
宿泊 16,400円、雑費800円(風呂代等)
合計金額 35,420円
 
TAG:北ア,縦走(小屋)
 
 

 

 タイムコース詳細

2006年8月24日(木)

新宿西口発夜行バス23:00−上高地着25日6:10


2006年8月25日(金) (晴れ)

上高地6:45-明神7:25−徳沢-8:10/8:30−横尾9:15/9:25−R10:16/10:30−槍沢ロッジ10:50−槍沢ロッジテン場11:25/11:30−R-12:20/12:30−水場13:25/13:35−R14:20/14:30−槍岳山荘15:17(泊)


2006年8月26日(土) (晴れ)

槍岳山荘5:30−中岳6:30/6:40−南岳小屋7:40/7:56−R8:40/8:50−A沢のコル9:45/9:55−R10:40/10:50−北穂高小屋11:20/11:50−最低コル12:55/13:05−R13:50/14:00−穂高岳山荘14:15(泊)


2006年8月27日(日) (曇り)

穂高岳山荘4:30−奥穂高岳5:15/5:25−R(ジャンダルム)6:30/6:35−岳沢分岐7:33−R7:55/8:00−間ノ岳8:55/9:05−赤石岳10:10/10:20−西穂高岳10:27−ピラミッドピーク11:10/11:20−独標11:42−西穂山荘12:25/12:40−R13:40/13:45−上高地登山口14:40

 

 プロローグ

ジャンダルムは99年8月に山の会に入会して以来の目標であり夢だった。と同時に挫折と屈辱の歴史でもあった。

入会した8月当月の事である。上高地小梨平で行われる2班の夏合宿で、それまで山の経験が全くなかった私が、不遜にもリーダーYさんのグループに参加して、西穂山荘経由独標〜西穂高岳を目指す事になったのだ。

しかし、生来の高所恐怖症のため、独標までの岩場が恐ろしくなり身体が凍りついてしまった。所謂セミ状態というやつである。やっとの思いで独標にはたどり着いたものの、それ以上前に進む事が出来ず、結局そこから引き返す羽目になった。しかも、あまりの怖さに前を向いて下ることが出来ず、後ろを向き、U子さんにザックと足を支えて貰いながら下山したのだ。何とも苦い記憶である。

翌2000年8月に、今度は燕岳〜東鎌尾根〜槍ケ岳〜奥穂〜ジャンダルム〜西穂のルートを目指したが、大天荘で高山病に罹り、水俣乗越から槍沢ロッジに下山せざるを得なくなった。今思うに、トラウマによる緊張とストレスの為であろう。

今回の山行は、思いがけない展開の結果である。ある例会後、件の7Fで、SさんとHさんと一緒に穂高の縦走話をしていた。その時、私の考えにあったルートは槍〜奥穂〜吊尾根〜上高地だった。一方、Sさんはといえば、2年前の逆コースである槍〜奥穂〜ジャンダルム〜西穂を考えていた様である。

そんなさんの思惑を知る由もなく、昨年私がLを務めた大キレットが敗退という結末を迎えていたため、今回は彼女にLをお願いした。8月第一例会後、Sさんから計画書をもらったのだが、見るとジャンダルムとあるではないか!!! 

「・・・嘘だろう!?」 自分が行くことになっているのが信じられず、最初は他人の計画書ではないかと思ったくらいである。ここから私は本格的なコースの勉強を始めた。インターネットで臨場感のある山行の報告文を読んだり、写真を見ては手に汗を握った。そのうち、「確かに迫力のある岩場だが、通過出来る人がいるんだから自分に出来ない訳ないじゃないか」といった妙な自信がついてきた。

そしていよいよ出発時、このコースに対する不安と緊張、そして「無事踏破出来るといいなあ」という期待感が入り混じり、ひどく高揚した気分のまま、夜行バスに揺られながら夢路についたのだった。

 25日(第一日目)上高地〜槍岳山荘

南岳
南岳

絶好の登山日和に恵まれ上高地を出発(6:45)、順調に明神を通過。徳沢と横尾で小休止。槍沢ロッジまで粗予定通り快調に推移10:50着。ここまで休みを入れてコースタイムを45分短縮した。足並みが揃っているので、歩いていて気持ちが良い。

槍沢ロッジからは徐々に斜度が増して来る。水場で頭を冷やし、水分補給。水場を過ぎると、槍がピラミダルな全貌を現す。そして、槍岳山荘の赤い屋根が見え始める。しかし、この屋根が見えてからが遠い。

坊主岩小屋を過ぎると、最後の急登である。「ハ〜ハ〜」と息を荒げながら、泳ぐ様に山荘へ倒れこんだ。山小屋では、偶然Yさん一行の「なでしこ隊」と遭遇した。聞けば、娘さん達4名は槍ヶ岳を優雅な大名旅行をするらしい。

 26日(第二日目)槍岳山荘〜穂高岳山荘

夜明けとともに、ヘッデンを点けて小屋を飛び出した。今日の目的は、明日に備えて高度に慣れることである。昨年このコースで敗退を喫しているので、再挑戦でもある。南岳までは緩いアップ・ダウンを繰り返す普通の稜線歩きであるが、そこからが今日の本番である。

Hさんから、その都度、30年前の記憶を基に危険な場所のコース説明がある。暫く行くと、難所終了の看板がある。これは即ち、我々にとっては難所の始まりなのである。ガレ場の浮き石に足を取られない様、慎重に下りる。そして、長い梯子を2個降りると大キレット。

長谷川ピークのクサリ場を越え、下りになるとナイフリッジを通る。前を行く大学生らしいパーティーが、そのナイフリッジで「怖い、怖い」とワメキ散らしていた。ジャンダルムの馬の背に比べると、全く比較にならない程易しいのに、と可笑しくなる。

北穂高岳
北穂高岳

「飛騨泣き」を通過の際、前を歩くSさんから「滑らない様慎重に」と声がかかる。北穂高岳を登り始めて直ぐ、北穂高小屋の人が、緊急事態を叫びながら下りて来た。後続の人によると、飛騨泣きで人が落ちる瞬間を見たらしい。滑落した人は翌27日に発見されたが、下山後に新聞報道で知ったところでは、残念ながら助からなかったそうだ。

北穂の上りは、200m弱、岩、梯子、鎖の直登だ。フラフラになりながら、やっとの思いで小屋にたどり着く。昼飯に塩分の補給も兼ねてラーメンを食す。ラーメンの汁を啜りながら、小屋のテラスから今日たどって来た槍方面を見ていると、ふと自分の足を誉めてあげたくなった。

そんな満足感に浸りながら北アの壮大な風景を楽しんでいるところに、突然Sさんから「行きます」と声がかかる。北穂を通過する頃には、慣れたのか、あるいは感覚が麻痺したのか分からないが、高度感といったものを全く喪失していた。僕の高度恐怖症はどこへ飛んで行ってしまったのか? 南峰、涸沢岳のアップ・ダウンを繰り返して、穂高岳山荘着。

Hさん曰く「今日のコースは、クサリ、階段が十分付けてあったので序の口。明日が本番だ」

Oh my god. (オ〜、神よ・・・)

 27日(第三日目)奥穂岳山荘〜上高地

今日の天気予想は、午後一時雨雷雨だったので午前中が勝負と判断。「午前中には西穂に着きたい」との事で夜明けより約1時間も早く4:30に小屋を出発。ヘッデンをつけて梯子を登る。

先行の人のヘッデンの光が、頭上で蛍の様にゆれている。その梯子を登りきって直ぐ、ルートを見失い5分程度ロス。奥穂に着いたときは、夜明け前で、しかもガスっていて眺望がない。更に、昨夜来の雨で足場が濡れていた。先着の登山者は、天候が悪いのでジャンダルムは止めるらしい。Sさんが「どうしますか?」と聞いてくる。だが、SさんとHさんを相手に「止める」と言っても、結局行くことになるのはわかっているので「行く」と答えた。とにかく岩稜帯で雨に降られない事を祈るのみである。

取り付いて直ぐは、両側が切れ落ちた馬の背であり、岩の上を立って歩くことが出来たが、その内段々とヤセ尾根となったので、「腹ばい、後ろ向き」で下りる。この日は、ガスって居たおかげで高度感を感じなくて済んだが、晴れていたらと思うと背中がゾクゾクする。後から考えると、この馬の背が一番の難所だった様な気がする。

赤岩岳
赤岩岳

馬の背を通過すると、次はロバの耳である。インターネットによると、「ルートを外れた人間は必ず落ちる」とあった。そのため、ルートを外さぬ様、慎重に垂壁の岩場を登る。所々、申し訳程度に鎖が付いているが、他の縦走路と比べて圧倒的に数が少ない。自分の力で登れ、ということか。だから点線ルートなのかも知れない。そんなルートも、岩トレの成果の為か、フリを使えば絶対落ちないとの自信があった。

「ロバの耳」を飛騨側に巻きなら通過。「ロバの耳」を過ぎると直ぐ「ジャンダルム」。ジャンダルムは信州側をヘッツリながら通過するのであるが、ホールドがしっかり付いているので安心だ。スタンスも聞いていた以上に広く、靴の長さ以上あった。Hさんによれば、30年前にジャンダルムを通過した際は、相当怖い思いをしたそうである。

一瞬も気の抜けない岩稜帯を過ぎると、今日のルートの難関である奥穂〜西穂と、ほぼ中間であたる天狗のコルに出た。時刻は7:33である。エスケープするならここから岳沢へ下る事が出来る。今年は多雪の為、この時期になっても岳沢へ下りるにはアイゼンが要るらしい。

一休み後、8:00天狗のコル発。天狗の頭を目指す。覆い被さる様な絶壁を攀じ登る。「浮石に注意」とあるが浮石ばかりだ。もし、不注意にも誤って石を落してしまえば、後続のHさんは単なる怪我では済むまい。

天狗ノ頭からの下りは、一枚岩の逆層スラブを長い鎖で下る。その鎖場に取り付く手前のヤセ尾根で、上りの人を待っている時、岩と岩の間から思わず下を覗いてしまった。まるで窓の無い飛行機から下を見たような感じだ。天狗の一枚岩のスラブを、前向きで雑に下りていると、Sさんから懸垂下降の様に下りなさいと声がかかる。

ドッドッと下りたと思えば、休む間もなく直ぐ間ノ岳への上りだ。地図には、垂直な岩場にクサリとある。加えて浮石ばかりだった。慎重に間ノ岳を上る。途中、ルートを失ってガレ場の岩場へ突入するも、事無を得た。

西穂から奥穂高岳
西穂から奥穂高岳

間ノ岳8:55着。小休止後、次の赤岩岳を目指す。Sちゃんから「今年、間ノ岳と赤岩岳の間で女性が滑落したらしい」と聞いていたので、気をつけて通過した。赤岩岳の上りが、この日の最後の垂直の岩場・鎖場であった。恐らく件の女性はこの岩場辺りで落ちたのではなかろうか、と思った。

赤岩岳まで来ると、西穂は目の前である。トラバース気味に岩場(鎖あり)に取り付き慎重に西穂を攀じ登る。西穂を10:27通過、山頂に。「やったネ」と全員で握手し喜びを分かち合う。

計画書通り、奥穂岳山荘を出て6時間で奥穂〜西穂を踏破する事が出来た。雨にも降られず無事通過出来た事は、望外の幸せである。後は、最後まで気を抜かずに上高地まで歩くのみである。

入会してすぐの夏合宿で苦い思いをした独標の下りは、今となっては別にどうってことない所だった。7年前、恐怖に駆られてワァ〜ワァ〜騒ぎ立てたのは、一体何だったのだろう。この独標から暫く行くと、ハイ松の中に居た雷鳥に遇った。彼(彼女?)から良くヤッタネと祝福されている様な気持ちになり、嬉しさがこみ上げてくる。

西穂山荘で小休止後、風呂後のビールを頭に思い浮かべながら、トントントンと軽快に下りる。件の「なでしこ隊」が乗る14:00発のバスを見送ることが出来るかもしれない、と淡い期待を抱いたが、上高地下山は14:40で残念な結果となった。

第三日目の行程は、早朝小屋を出てから緊張の連続であったが、所要時間10時間10分でその幕を閉じた。あっけなく、と言えなくもない。ずっと心に秘め、楽しみにしていたことが終ってしまった−そんな寂しさがふつふつと沸いてきたが、同時にそれは、子どもの頃、夏休みの宿題を終えたときに感じる晴れ晴れとした気持ちでもあった。

 エピローグ

今回の山行の成因は、次の通りだったと思う。

1. Sさんが、躊躇して居た私の背中を押してくれた事。
2. 日頃の山行を通じてメンバーの気心が知れていた事。
3. メンバーの足並みが揃っていた事。
4. 定期的な岩トレと人口壁のトレーニングを通じて、ある程度高度に慣れていた事。
5. 特筆すべきは、定期的に岩トレで攀登の指導をして頂いたFさん。
6. そして、退会された方達、多くの先輩諸氏のお陰である事を忘れない。

 

 反省点と今後の課題

1. 2800mを越えると動悸、息切れがした。高所トレーニングが必要。
2. 岩稜帯をもう少し早く歩ける様になる事。不必要に足腰に力を入れない事。
3. 継続した岩と人工壁でのトレーニング。
4. テント山行、避難小屋山行を通じて20kgのザックを担ぎ、一日8時間以上を歩程以内で歩ける体力の養成。

 O.N 記

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