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山行記録

~公開山行や個人山行の記録~

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松戸山の会

山行記録

 被災地の復興を願って〜東日本大震災ボランティア(第二陣)〜 


日 時 : 2011年4月28日(木)松戸20時出発〜5月1日(日)

参 加 者 : 14名

宿泊場所 : 気仙沼市唐桑町中313-1 高台レストラン「海岸亭」 駐車場にテント2張り

作業内容 : 床下のヘドロ撤去、戸・障子の洗浄など

交 通 : マイカー 3台

そ の 他 : 千葉県連は栃木労山の活動に全面的に協力。松戸、船橋、ふわく、東葛、かがりび、らんたん、岳樺、こまくさ、さくら組の50人が参加した。

 

 山の会はボランティア活動の適任者集団?

「被災者の悲しみや苦しみを思う時、登山活動に使う時間のごく一部と、それらに要するお金の一部を被災者支援にまわして頂くことをお願いしたい」。これは、全国連盟 東日本大震災対策本部からの呼びかけです。

私たち松戸山の会は千葉県連盟の計画に協力して、第一陣の7人が4月9、10日、気仙沼へボランティア活動に行きました。(報告は会報4月号に掲載。HPにも)

千葉県連50人
千葉県連50人

それに続いて第二陣は14人で4月29日から5月1日の3日間、場所は同じ気仙沼へ行ってきました。

体力に自信のない私は瓦礫撤去のような力仕事ができるか心配でしたが、現地で作業のコーディネイトをしてくれるNPO「こころの応援団」の方々や栃木県連現地本部長の森さんの力添えで、精一杯お役に立てたことを有難く思います。

作業前のミーティング
いざ出動
いざ出動

山の会の会員は、日ごろから登山活動を通じて体を動かすことや頑張る気持を培ってきました。テント生活や野外での炊事にも慣れています。山の服装や装備もそのまま役立つことを考えると、私たちはボランティア活動の適任者集団であるのかもしれません。

初めての体験で不安もありましたが、案ずるより産むが易しでした。一般的にボランティア活動は、気持はあっても個人では行動を起こしにくいものですが、私たちは勤労者山岳連盟の会員だからこそ、組織をあげて協力できる環境にあることは幸せです。

 K.S. 記

 継続の重要性を肌で感じる

震災1週間前に買ったザックと寝袋一式がボランティア活動でデビューするとは思いもかけない出来事でした。

作業現場となったお宅
附近は瓦礫の山
附近は瓦礫の山

実際に目にした光景は、穏やかに静かな海、そしてその海がすべてを破壊し大勢の命を奪った後の瓦礫の山でした。

被災宅には何回もボランティアが入って作業した跡があり、継続することの重要性を肌で感じました。隣の老人ホームは3月11日の悲惨なそのままの状態で、車椅子やベッドが散乱し、流れ着いた瓦礫があり、今でも目に焼き付いています。

帰宅後なぜか新鮮な気持になりました。

 K.S. 記

 復興した街並みと美しい海岸線を見たい

床下に入った津波による泥の掻き出し、汚れたふすまの泥を落として嵌め直すという、被災のお家の基礎を整理する作業でした。

附近は瓦礫の山
タグボートが橋脚に
タグボートが橋脚に

また合間に津波と火災により壊滅的な被害をこうむった街並みに足を踏み入れ、息をのむ場面にも遭遇しました。被災後50日でまだこの段階、現地の皆さんの気持が少しでも分かりました。

1日も早い復興を願い、ぜひ何年か後には復興した街並みと美しい海岸線を見に行きたいものです。

 M.H 記

 国破れて山河在り

マスコミで見て、聞いていたはずが、目の前に広がるその惨状は想像を遙かに超えた。元はどんな光景だったのだろうかと想像に難い。

小さな努力の積み重ね
作業が終わって
作業が終わって

ボランティア先では"うちはまだ良い方なんだよね"と口を揃える。本当にそう見え、そう思えた。

とにかく辛抱強く前に進むしかない。これからもみんなで支援しよう。

それにしても、海岸線が綺麗だった。自然はこの大震災をどう思っているのだろう。

 C.S 記

 その仕事に合う道具が必要

すべての仕事に対して、その仕事に合う道具があると無いとでは作業の終了時間に大差が出たり、また安全に楽しく終了できると思いました。それとチームワークも大事なひとつです。

 W.S 記

 火災現場に桜を初め春の花々が……

2度目のボランティア参加。震災の傷跡は全く癒えておらず瓦礫の山。特に気仙沼市内の火災現場にはただただ呆然。そんな中、桜を初め春の花々が咲き誇っていた。

夜は海岸亭でテント
2日目も気仙沼のお宅で泥出し
2日目も気仙沼のお宅で泥出し

滞在中被災家庭の床下に堆積したヘドロの搬出作業を行ったが、一日一軒が精一杯だった。

作業道具が殆どなく効率が悪かった。事前に作業内容が解っていればと思う。

 H.T 記

 "こぶし"を挙げてスクラム組めば凄いじゃない!

大震災の未曾有の被害を前に、多くの人が胸を痛め、泪を流し、自分に出来る事はなんだろうと考えた。

GWにボランティアとして、千葉県連から50名が参加したのもその表れだろう。そして、この目で見た被災地は時間が止まったようで、復興にはまだまだ遠い道のりと思われた。

14名の松戸労山隊。ちょっと見はくたびれているけれど、みんなで"こぶし"を挙げてスクラム組めば凄いじゃない! と、思わせてくれた3日間だった。

 E.Y 記

 さすが山男ガンバリました

災害地に出向いて自然の力を目のあたりにして、テレビで見る光景が現実として次々目に飛び込んで来る様は、余りにも凄まじい、川の中に車が沈んでいる、川幅からして、こんな大きな船が入る訳がないのに、鎮座している。

鹿折川に沿って津波が押し寄せたと言います
鹿折川には座礁した大型漁船
鹿折川には座礁した大型漁船

私みたいの年寄りが来ても何が出来るのかと内心後悔しながら、災害の大きさに只戦くばかり、私などはどうせ役に立たないと思ってきましたが部屋の障子、襖、床下のヘドロ運び、窓ふき等、細かい仕事があり、何気ない日常生活が如何に大切か、思い知らされました。

男性陣の働きは凄い……さすが山男ガンバリました。

 K.Y 記

 労山に加盟しているおかげで貴重な体験を

災害ボランティアに初めて参加しました。何が出来るか一抹の不安もありましたが、会の1次隊の経験と報告がその不安を一掃してくれました。個人ではなかなか参加する機会が無いが、労山に加盟しているおかげで貴重な体験をする事が出来ました。

現地の方からも喜ばれ、有意義な日を過ごすことが出来ました。

 O.K 記

 ボランティア活動は被災者を勇気づける

漁船用の燃料備蓄タンクが津波で流され火災となり、一面が火の海となって燃え尽きた跡地を目の当たりにして愕然とした。その光景は建物の原型はなく鉄筋・鉄骨は飴のようにグニャグニャに折れ曲がり、車は燃え尽きて原型をとどめていない悲惨なものであった。

我々の3日間の活動は津波で家の中が破壊されたお宅の床を剥がして床下のドロをかき出し布袋に入れ、運び出す作業。ドロに被った襖や障子、家具を運び出しての水洗い。庭に堆積したドロをシャベルですくい布袋に入れ集積所までの運び出す作業等が主な仕事であった。

国道から入ると津波と火災の跡
目も覆うばかりの瓦礫の山
目も覆うばかりの瓦礫の山

震災後50日になることもあってか、被災されたご家族の方々が復興に向けて前向きに取り組んでいる姿を見ることが出来た。また我々を明るく迎えてくれもしました。

ボランティアに参加する前は私に出来る仕事があるのか不安もあったが、現地に行ってみて取り越し苦労である事が分かった。

一日の仕事を終えご家族に挨拶をして帰る際、我々の姿が見えなくなるまでご夫婦が手を振って見送ってくれた姿を見て少しはお役に立ったことを確信し、すがすがしい思いをすることができた。

復興までこれから長い期間が必要です。人手も必要です。ボランティア活動を続ける事によって被災者を勇気付ける事にもなると思われます。 

 O.T 記

 人手はいくらあってもいい

テレビのニュースなどで映像は見ていましたが、現実を目の前にして言葉はありません。とにかく何でもできることがあったら少しでもお役に立ちたい、と参加しました。

火災で焼失した住宅
道路沿いは瓦礫の片づけが進んでいます
道路沿いは瓦礫の片づけが進んでいます

作業をしたのは個人のお宅で、1階は水が入って2階で生活していらっしゃるのですが、家財道具は一切流失し、柱とクロスと障子、襖だけの状態でした。50日目と言っていましたね。

男性軍は床板を剥がしてヘドロを出し、消石灰を撒いて、木炭を入れる作業。女性軍は拭き掃除、障子と襖洗いなど、人手はいくらでも欲しい状態でした。長期のボランティアの必要を感じました。

 T.A 記

 家族の力だけでは後片付けも大変

気仙沼の市街は地震、津波と火事の被害が激しかった所とニュースなどでは知っていましたが、現場を訪れると目の前に広がる光景は目を覆うばかりです。

発電所には移動電源者
最終日は雨の中でミーティング
最終日は雨の中でミーティング

4月の1回目のボランティアでは、鮪立(しびたち)の集落で瓦礫の排出などをさせていただきましたが、今回の気仙沼では泥出しや障子ふすまの清掃など、作業内容も少しずつ変わっているようです。

ようやく水道が出たのが4月の17日、1ヶ月以上後片付けをしてきたと家の方から聞きました。やはり家族の力だけでは後片付けだけでも大変だと思います。これから普通の生活を取り戻すのにはまだまだたくさんの時間がかかるのでしょう。

少しでも我々にできることをさせていただくのが必要だと実感した3日間のボランティアでした。

 I.H 記

 支援活動は雪の降るころまで続く

千葉県連は今回で5回目のボランティア派遣になりました。今回は9つの会から50名参加、松戸山の会は何と14名参加で心強い思いでした。栃木県連約10名、殆ど千葉県連参加でした。

最終日も鹿折川近くのお宅で泥出し
床をはがして泥をかき出し
床をはがして泥をかき出し

栃木県連現地本部長・森氏の指図に従い、各会およびグループに分かれてのボランティア活動に入りました。

わが松戸山の会は終始14名で行動できて幸いでした。仕事は瓦礫撤去作業と思いきや、一歩進んで床下のヘドロ撤去、戸・障子の洗浄と変わって来ましたが、大変な仕事でした。床をはがして床下に潜ってのヘドロ撤去は、腰にきて大変だったと思います。私は終始"ねこ車"でヘドロの袋運びに従事したので、楽をさせてもらいました。

ボランティアは手を抜くことは良くないけれども、あまり無理をしないでほどほどの手伝いが長続きの秘訣ではないかと思う次第です。

いずれにしても男女共に慣れない仕事を、ご苦労様でした。これからも雪の降るころまで支援は続きます。また募集しますので、その時はよろしくお願いします。

 K.T 記

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